ああ、神様!

ああ神様、なぜなのでしょう。
「どうした、迷える子羊よ」
いえ私は羊などでは。
「…いや、言葉のあやというものだよ」
そうなのですか。
「それでどうしたのかね」
そうでした。
ああ神様、どうして私はこんなに皆に嫌われるのですか。
「う、うむ」
どうすれば皆に好かれるのでしょうか。
嫌われるのが怖くて、もう皆の前に出ることもできません。
「それが悪いのかもしれぬ。
もっと積極的に明るく振舞ってみてはどうだ」
ああ神様。
そんなことをしては、皆は私のことを気持ち悪いと、さらに嫌うことでしょう。
「そ、そうか」
ああ神様、なぜ私などお創りになったのですか。
私などあの方のように美しい踊りもできず、歌も綺麗ではないし、何か尊敬されることなどありません。
「他の者など気にするでない。もっと自信を持ちなされ」
自信…私に自信なんて…。
「うむ…。
あっ、他の迷える子羊が呼んでおる!!」
え? あ、ちょっと神様!

「キャーーー! ゴキブリ!!」
夕食の時刻。台所で少女が叫ぶ。
「あら! どこどこどこ?」
隣の部屋で洗濯物を片付けていた母が、声を聞いて駆けつける。
「あそこ!」
「あらほんと。お母さんに任せなさい!」
母はそう言うと、机の上にあった新聞を手にとってまるめる。
「あ、ちょっと母さんそれまだ読んでないんだが」
父のぼやきを無視して、母は部屋の隅の黒い悪魔に立ち向かった。
パシーーーーーンッ!
「お母さんさすがー!」
「あらあら、これくらいできないとお嫁にいけないわよ」
「父さんはできなくていいと思うぞ」
親子の和やかな会話を、薄れゆく意識の中で聞きながら、彼は思った。
――この世に神などいないと。

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さかさかな

どっちが さかさ?

あなたが さかさ?

わたしが さかさ?

さかさの さかさは さかさかな?
ゆるやかな みずの ながれ、

あたたかな はるの ひざし。
やさしい せかいの なかで、

かわに すむ さかなたちも、

とても たのしそうに およいでいます。
ふつうの さかな、 ほそながい さかな、

ちいさな さかな、 おおきな さかな、

おびれの ながい、 キレイな さかな、

すなや いわと、 おなじいろの さかな。
かわの なかには、

たくさんの さかなたちが、 しあわせに くらしていました。
あるとき かわの さかなたちは、

とても ふしぎな さかなに であいました。
どんな さかなって?

それは みんなと かわらない。 ふつうの さかな。

でもね、 ほんとうに ふしぎな さかな だったのです。
ゆらゆらと ながれる かわの なかを、

その さかなは、 みんなとは さかさに およいでいます。
「ぼくらとは さかさの ところへ、 いくのかな?」
はじめ、 さかなたちは そう おもっていました。
けれど、 さかさに およぐ その さかなは、

みんなと おなじ ところへ すすんでいくのです。
さかなたちは、 おどろきました。
さかさに およぐ さかなは、 さかさに すすんでいる はずなのに、

みんなと おなじ ところへ すすむのです。
「きみは、 どうして さかさに およいでいるんだい?」

ふしぎに おもった さかなが、 さかさの さかなに ききました。

「さかさに なんて、 およいでないよ。」

さかさの さかなは そう こたえます。

そして、 ふしぎそうに いうのです。

「あなたたちが、 さかさに およいでるんじゃないの?」

それを きいた さかなたちは、 とても おどろきました。
「ふつう、 およぐときは すすむほうを みる ものだろう?

きみは さかさを みてるじゃないか。」

「なにを いってるの?

あなたたちが さかさを みてるんだよ。

ぼくの おとうさんも おかあさんも、 そんな およぎかたしない。

ぼくは、 ちゃんと およいでるよ。」

さかさの さかなは、 ゆらゆらと おびれを ゆらしながら、 いいます。
さかなたちは さかさの さかなの そのはなしに、 おもわず わらいだしました。
「こんな おかしな さかな、 はじめて みたよ。」

「さかさに およぐ かわから きたのかな?」

「ぼうや、 いえに おかえりなさいな。」
みんなは さかさの さかなを、 わらいものにします。
「ぼくは さかさになんて、 およいでないのに・・・・。」

かわいそうに・・・。

さかさの さかなは、 かなしそうに ずっとひとりで およぎました。
くにと くにの あいだにながれる、 おおきな かわがあります。

そこにすむ いきものたちは、わるい まじょに、

”さかさの まほう”を かけられていると ゆうめいです。

ふつうに およいでいるつもりでも、

じっさいは、 さかさに およいでしまっているのです。

そのかわの さかなたちは、 みんな さかさに およぐのです。
「あれ、 みてみて! あの さかな!!」

ちいさな おんなのこが、 かわの さかなを ゆびさして なにか いっています。

「ふつうに およいでるよ! いっぴきだけ、 さかさに およいでないよ!」

おんなのこが いうとおり、 さかさの かわに いっぴきだけ、

ふつうに およぐ さかながいました。

「あら、 ホント。 きっと ほかの かわから きたのね。」

おんなのこの おかあさんが、 さかさに およがない さかなをみて、

めずらしそうに そういいました。
「ぼくは さかさになんて、 およいでないのに・・・・。」

さかさの さかなは、 さかさでは なかったのです。

さかさだったのは、 やはり ほかの さかなたちだったのです。

「ぼくは さかさなのかな?」

ですが、 なんとあわれなことでしょう。

「ぼくは さかさの さかななんだ・・・。」

さかさの さかなといわれた ふつうのさかなは、

さかさの さかなたちに、 さかさの さかなと いわれつづけることになるのです・・・。
どっちが さかさ?

あなたが さかさ?

わたしが さかさ?

さかさの さかさは さかさかな?

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私の中を、空っぽにする人(完結)

 ああ、今日もあの人は来るかしら。
 私の中を、空っぽにする人。

 私はいつもここで待ってる。

 毎日、いろんな人が、私をいっぱいにしてくれるわ。
 私は人気者なのよ。

 私の中は、いろんな想いでいっぱい。
 いっぱいで、いっぱいで、溢れそう。

 あの人は毎日三度も、会いに来てくれる。
 不思議ね。
 あの人がくると、私はなんだか軽くなるの。

 いっぱいで、いっぱいで、溢れそうなこの体が軽くなる。
 私は真っ赤になるわ。
 嬉しくて、切なくて、熱くなるの。

 あの人がくると、体は軽くなるけど。
 不思議ね。
 なんだか心は、熱い想いで溢れてしまうわ。

「なんかこのポストやたらきれいだよね」
「あー、この前、郵便局のお兄さんが拭いてるの見たよ」

 ああ、早く来てくれないかしら。
 私はずっと、ここで待っているわ。 

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