鬱のときは、鬱々しよう

うつのときは仕方ない。鬱々しよう。
自分から鬱にならないのは大事。
それでも鬱のときは、薬を飲んで、寝よう。
起きたらすっきりしてたりするもんだ。

辛い、でも大丈夫、時間がたてば、必ずまたよくなる。長く鬱やってて、そう思えるようになった。

まぁ、私は躁鬱だからかもしれないけどね。

鬱になっても、しばらくすると、スイッチが切り替わったように、元気になる。

鬱のとき、死にたい、もうだめだ、こんな何もできずに無駄な時間を過ごすのはいやだ、でもなにもできない。

それでも、大体1日もたたずに、または薬を飲んで寝たら、元気(躁ともいえる)になってる。

 

それを10年も繰り返していたら、さすがにわかった。

鬱になっても、心のどこかで、「時間がたてばまた元気になる」って思うようになった。

私はだいぶ躁鬱がよくなってるかもしれない?

 

最初の頃主治医は「鬱は治りますよ」と言っていたが、何年もたって、私が「そろそろ治したい」と言ったら、「治すというより、うまく付き合っていくしかない」と言われた。

軽いうつ病の人は、本当に完全に治すことができると思います。

でも、躁鬱は再発率がとても高い。

だから治すんじゃなくて、うまく付き合うこと。これはADHDとかも一緒。

発達障害や知的障害はなおさら。だって治らないから。

「時間がたてばよくなるから、今は少し鬱々して休もう、仕方ないんだ」って思うってのが、私にとっての、躁鬱の付き合い方かなって思う。もうそういうもんだって思うしかない。

 

ADHDは…なんか半ば諦めだね…。

でも、鬱と違ってADHDは自分がADHDの特性を理解するのは大事だと思います。

よく鬱の人は鬱コミュを作りたがるけど、やめた方がいいです。鬱のことを調べない方がいいです。

ああ、鬱ってこんなにしんどい病気なんだ・・・って、自分がひどい病気だと思って鬱悪化する。鬱とかに関しては、自分じゃなくて、家族が勉強すべきです。

 

でもADHDは、自分のことを知るのは大事だと思う。

ADHDの人は、自分がADHDと知ってから、「私のせいじゃなかったんだ、障害のせいだったんだ」って、ほっとします。私もそうだった。

で、障害を知ることでいろんなことを対策できる。

自分を障害と気づいてない人をみると、本当に大変だな、って思う。

私も障害発覚したのが遅かったから、本当にそう思う。

でも他人に「あなたは障害者だと思う。病院に行った方がいい」なんて言えないから。

障害のことをもっと世間に広めないとなと思います。そしたらきっと、自分で気づくから。

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